日常系にスリルがある場合の面白さ――「けいおん!」と「女装コスプレイヤーと弟」、「ひげを剃る。そして女子高生を拾う。」
いわゆる、日常系と呼ばれる作品に、スリルがあると面白い、と言うことについて語っていきたい。
日常系にスリル、と言うと「そんなもんあるわけねーだろ。起伏のない作品が日常系だ」と言われるかもしれない。
確かに、劇的な方向の作品に含まれるスリルをそのまま持ってきたら、大失敗だ。刺激が強すぎる。お汁粉に塩をドバドバ入れるようなもので、作り方を間違えている。
しかし、甘いだけと思われがちなお汁粉だが、作る際、塩を一つまみ入れると甘さが引き立つということを知っているだろうか。ここで論じていくのは、この「塩一つまみ分のスリル」のことである。
さらに言えば「起伏はある」のである。
どういうことなのか、語って行こう。
まず、アニメ版けいおん! は、主人公に平沢唯という、抜けたところのある女子高生を置いている。このことは、第一話の冒頭で、時間をうっかり間違えるというエピソードでもそれとなく示されている。
この「抜けている」という要素が、話全体をいい方向に引き締めているのである。部活をなかなか決められなかったり、テストで赤点を取ったり、歌詞を忘れたり、ギターのメンテをしていなかったり、風邪を引いたりと、これらの「平和なアクシデント」がなければ、作品は文字通り起伏が無くなり、相手にされなかっただろう。
そう、日常系では日常系なりの平和なアクシデントが必要な場合があり、この「アクシデント」を言い換えると「スリル」になるのである。
抜けたところのある唯が、果たして平穏無事に高校生活を送れるのだろうか? という形での「スリル」である。
この場合は、主人公に「スリル」を内包させている形となる。
同じように主人公にスリルを内包させている名作として、「女装コスプレイヤーと弟」という名前で商業出版されている漫画がある。個人的に日常系に分類させていただいている。
「という名前で」……? そう、この作品はTwitterやpixivにおいて、多少違う名前で、無料連載されている漫画なのである。
それはさておき、この作品での主人公は女装コスプレ趣味を持っている。その趣味を親の再婚でできたフランス出身の弟に見られ、一目ぼれされた上、なんやかんやで正体を隠しながら女装コスプレ状態でも接していくことになってしまう……という筋書きになっている。
この場合、「抜けたところがある」ではなく、(女装コスプレとその正体を隠す)「秘密を抱えている」という形で、「スリル」を作り出していることになる。
このスリルが、作品を読む際にちょうどいいスパイスになる。
「主人公にスリルを内包させている」というところまで抽象度を上げていくと、同じではあるのだが、ではどのようなスリルなのかというところまで抽象度を下げると、異なるものが見えてくる。
「秘密を抱えている」というスリルとしては、「ひげを剃る。そして女子高生を拾う。」という小説も存在する。「カクヨム」という投稿サイトで人気を博したのち、商業出版もされた作品だ。
この作品は、サラリーマンの主人公が、事情を抱えていそうな家出女子高生と出会い、なんやかんやで家に保護して同居生活を始める、と言うものだ。
この場合は、「家出女子高生を匿う」という一種危険な秘密を抱えつつ、会社に勤め、ラブコメディが展開されていくことになる。
初めて読んだ時、「そうか、この手があったか!」と唸ってしまったものだ。
もちろん、メインとしてはスリルを味わう話ではなく、ラブコメディを楽しむものだろうが、このスリルも重要な側面として立ち上がってくるわけだ。
例を挙げるのはこのくらいにしておこう。
もう十分に伝わったかと思うが、「日常系の作劇方法として、平和なスリルを入れる場合がある」そして「その方が面白くなる場合がある」ことを繰り返しておく。
そうすることによって、話がほどよく引き締まり、かえって面白くなるのだ。「お汁粉の一つまみ分の塩創作論」とでもしておく。
なお、この批評は面白さについて語ってはいるが、これらの作品の面白さはここに書いてあるだけのものではないことを断っておく。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!